林真理子の生い立ちは?イジメ?旦那は亭主関白?娘や母親は? 

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女性著名人

こんにちは。有名人大好きの
サバ夫です。

 

人気エッセイストで小説家の
林真理子さんは、浮き沈みの
激しそうな世界で長年にわたり
大活躍を続けています。

 

メンタルはさぞかし強靭かと思われ
ますが、中学生の頃はいじめられた
経験もあるそうです。

 

今回は林真理子さんの創作活動に
大きな影響があると思われる生い立ち
に触れるとともに、夫や子供など
ご家族についても調べてみます。

林真理子の生い立ちは?イジメ?

林真理子さんは1954年
4月1日生まれで山梨県の出身です。

 

父・孝之輔さんと
母・みよ治さんは
お見合いで結婚していますが。

その後、戦争で孝之輔さんは
1944年に出征。

 

その後、行方知れずとなり、周囲は
戦死したものと思っていて、母は
山梨県内で書店「林書房」の経営を
始めていましたが。

9年間行方不明だった孝之輔さんが
帰ってきて。

林真理子さんと弟の和夫さんを
授かることになります。


出典

母のみよ治さんについては
後述しますが、林真理子さんの
人生は文学好きだった母の影響を
強く受けているよう。

 

林真理子さんは中学の時にいじめ
経験しています。

 

なんでも「林真理子を百回泣かせる会」
というのがあり、画びょうを持った手
を無理やり握らされたり、

プールに突き落とされたりしたことも
あったそう。

 

それでも、林真理子さんは
「彼らは私のことが好きなんだ」
妄想することで乗り切っていたとの
こと。

 

その妄想力が後の創作活動の糧に
なったのかどうかはわかりませんが。

メンタルが強そうなイメージがある
林真理子さんに、そんな辛いイジメの
過去があったのですね。

林真理子の旦那は亭主関白?

林真理子さんは1990年に
建設会社に勤務する4歳年上の
東郷順さんと結婚しました。

 

きっかけはお見合いで
林真理子さんの方はなかなか煮え切れ
なかったそうですが。

「私と結婚したら大変ですよ。
マスコミがわーっと押し寄せて
普通の男の人は耐えられないん
じゃないでしょうか」
と言うと。

東郷順さんは
「オレは一生懸命仕事をしてきたから、
会社の中でもオレなりの場所がある。
だから君を守ってあげられる」
と返したそうで。

 

林真理子さんは自立心が強そうですし、
それまで「守る」などとと言って
くれた男性はいなかったそうで。

 

「結局は心を決めた。気がついたら、
なんかそういうことになっていた」


出典

ちなみに東郷順さんは亭主関白タイプ
だそうで。

家ではすぐ不機嫌になり
「家庭を穏やかにしようと
思ったら、私が折れるしかない」
のだとか。

 

林真理子さんは社交の機会が
多いことについても
「なんとかしろ」と怒られたり。

仕事部屋が寒いのでリビングで
原稿を書いていると
「ここで仕事をするな」
などと言われたりするそうです。

 

仕事もプライベートもそつなく
こなしていそうな林真理子さんに
文句を言える男性はあまりいなそうな
気もしますが。

 

そのあたりも、東郷順さんは普通の
男性にはないものをもっているのかも
しれません。

 

ただ、林真理子さんも自分の時間を
過ごしている時は
「声をかけないで。お茶飲み
たかったら自分でいれて」
ときっぱり言っているそうで。

 

現在は定年となり家にいることが
多いという東郷順さんですが。

林真理子さんが海外に行っている時は
「自分でレトルトカレーを
温めて食べてました」
らしいですから。

 

そのあたりは林真理子さんの
教育?も進んでいるのではないで
しょうか。

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林真理子の娘は?

林真理子さんは不妊治療を経て、
44歳で娘さんを出産しています。

 

娘さんのお名前などについては
明らかでなく。

林真理子さんも娘さんのことに
関して語ることは少ないようですが。

 

2020年2月にテレビ朝日系
「徹子の部屋」に出演した際は、
その時点で大学3年生ということを
明かしていました。

 

林真理子さんが家で横になっていると
「人間とは思えないよ」
などと辛らつな言葉を浴びせられる
そうですが。

 

それでも、
高校生までは林真理子さんが
毎朝5時半に起きてお弁当を
作っていて、

その最終日に娘から
「6年間ありがとう」という
メッセージをもらったということも
語っています。

 

キャラ弁もつくったりしていたの
ですね。

 

娘さんは本を読むことが好きでは
なく、林真理子さんの本も
読んだことはないそうなので。

お母さんの後を継ぐようなことは
ないのでしょうかね。

林真理子の母親は?

林真理子さんの母は林みよ治さん
というお名前です。

 

林真理子さんが書いた小説に
昭和の文学少女の半生を描いた
「本を読む女」というのがありますが。

 

これは林みよ治さんをモデルにした
もののようです。

林みよ治さんは1915年
9月1日に山梨県生まれ。

 

尋常小学校5年の時に児童文学誌
「赤い鳥」に「猿芝居」と題した
作文が県を挙げて評判となり、

「第二の樋口一葉」と言われるほどの
才女だったのだとか。

 

女学校を卒業後は東京に出て現在の
女子大にあたる女子専門学校に進学。

 

その後は教師を経て旺文社に勤務して
いましたが長兄が結核で亡くなり
山梨に呼び戻されます。

 

おそらく林みよ治さんは東京で
実現したかった夢がいろいろあった
かと思われ。

林真理子さんには
「本当はこんなところにいるべき
じゃない」
「私は真理ちゃんなんかより、
もっとすごい作家になっていた」

などと言っていたそうです。

 

それでも、
林真理子さんが直木賞を受賞した時、
林みよ治さんから送られた手紙には
「真理ちゃんのおかげで、幸福です。
よく頑張ったわね。ありがとう」
と記されていたのだとか。

 

自分ができなかったことを娘が実現
してくれた喜びがあったのでしょうかね。

 

林みよ治さんは2017年6月16日に
101歳で死去しています。

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さいごに

林真理子さんはその昔、
糸井重里さんの事務所で
働いていたそうです。

 

当時、糸井重里さんは超売れっ子。

林真理子さんもコピーライターとして
活動していましたが、将来が見い出せず。

 

糸井重里さんがコピー塾の生徒を募集
しているのを知り。

それから事務所の電話番。
その後はフリーで仕事をするように
なったそう。

出典

そして、糸井重里さんは
林真理子さんに
「コピーライターは向いていない」
とはっきり言ったのだとか。

 

糸井重里さんによると
「コピーライターというのは
100を1に凝縮する作業」ですが。

林真理子さんは
「100を200にする人」
だからだそう。

 

その後、林真理子さんはエッセイや
小説の分野で大活躍することに
なるわけですから。

糸井重里さんの見立ても当たっていた
ということでしょう。

 

林真理子さんにとっては糸井重里さんと
出会ったことも人生の大きな転機だった
かもしれませんね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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