吉田日出子の若い頃や夫は?現在はアルツハイマー?

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俳優・女優

こんにちは、
有名人大好きのサバ夫です。

 

個性派女優として舞台、映画、
ドラマで長らく活躍してきた
吉田日出子さん。

 

最近はお姿をあまり見かけて
いませんが。

以前、公表した身体の障害が関係
しているのでしょうか。

 

今回は吉田日出子さんの若い頃のことや
ご家族、また公表している障害に
ついて調べてみました。

吉田日出子の若い頃は?

吉田日出子さんは
1944年1月7日生まれで
出身は石川県。

本名は平松日出子さんというそうです。

 

お父さんの平松豊彦さんは現在の
東京芸術大学である東京美術学校を
卒業した彫刻家でしたが戦死。

その後、医師のお母さんの開業で
東京の赤羽で生活することになります。

 

3人姉妹で吉田日出子さんは
2番目。

長女は精神科医になり、三女は
母の再婚による異父の妹で
建築デザイナーとなったそうです。

 

吉田日出子さんは東京都立北園高校で
最初はバスケット部に入ったそうですが。

「疲れる」と演劇部に転部。

その演劇部の同期には江守徹さんが
いて。

当時はあまり親しく話したりは
しなかったそうですが。

同じ部活から大御所クラスの俳優を
2人も送り出したことになりますね。

 

吉田日出子さんはガムをかみながら
けいこをして顧問の先生に怒られる
ような生徒だったそうですが。

そのころから個性は光っていたので
しょうか。

 

卒業後は俳優座養成所、文学座研究生
を経て1966年に演出家の
串田和美さんらと劇団「自由劇場」
を立ち上げ。

舞台で数々の賞を受賞して注目を
集めます。


出典

1979年に主演した舞台
「上海バンスキング」は大好評を呼び。

ラスト公演とされた1994年まで
435回の上演を繰り返すロングランと
なりました。

 

後の項目で触れますが2010年には
16年ぶりの復活公演が行われています。

 

吉田日出子さんの活躍は舞台に
とどまらず。

映画やテレビドラマでも存在感を
発揮。

 

1989年公開の「社葬」では
日本アカデミー賞助演女優賞を受賞
しました。

 

ベテランの域となってからますます
活躍が期待されていましたが。

吉田日出子さんは身体に障害を発症
してしまったようで。

それについては後の項目で触れます。

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吉田日出子の夫は?

吉田日出子さんはこれまで結婚した
という情報はありません。

ただ、熱愛の噂が表に出たことは
ありまして。

 

1970年の週刊誌に
「岡林信康が異色女優吉田日出子と
抜きうち失踪結婚」

などという見出しが踊っています。

 

岡林信康さんと言えば
1960~70年代に大活躍した
ミュージシャンで「山谷ブルース」
などのヒット曲があります。

 

放送禁止になるような問題作も次々と
発表しておりファンには
「フォークの神様」とあがめられた
存在でした。

 

噂が本当かどうかはわかりませんが。

個性派女優の吉田日出子さんとの
カップルはお似合いのような
気がしますよね。

 

吉田日出子さんは1995年にも男性の
噂が浮上しています。

相手は俳優の高橋克典さん
吉田日出子さんより21歳年下です。

 

高橋克典さんはトレンディ俳優として
ブレーク。

その後はTBS系「サラリーマン金太郎」
テレビ朝日系「特命係長 只野仁」
など、熱血漢やアクションシーンが
多い役柄などもこなすなど長らく活躍を
続けています。

 

この件については高橋克典さんの
記事でも触れますが。

「吉田は高橋が売れない頃からの
パトロン」という関係者の話がメディアに
載っていました。

 

年が離れているためにパトロン的な
見方をされているのかもしれませんが。

魅力にあふれた吉田日出子さん
ですから。

本当にしろ噂にしろ男性遍歴が出て
くるのは当然でしょうし。

一度も結婚歴がないというのも
意外に感じます。

吉田日出子はアルツハイマーなの?

吉田日出子さんについてネットで
検索する「アルツハイマー」という
ワードが浮かび上がってきますが。

2014年に吉田日出子さんは
著書「私の記憶が消えないうちに」
(講談社)で。

高次脳機能障害であることを公表して
います。


出典

調べてみると脳梗塞や脳出血などの
病気や事故によるけがなどで
記憶障害や感情のコントロールが
できにくくなる障害のようで。

発症時期が特定しにくく
記憶や思考能力の障害がゆっくり進行
していくアルツハイマー型認知症とは

一般的には区別して考えられることが
多いようです。

 

吉田日出子さんは2007年に主演舞台を
降板したことがありますが。

セリフが覚えられず通い慣れた道に
迷うことがあったそうで。

診断の結果、脳の前頭葉に傷が
見つかり高次脳機能障害と判明した
そうです。

 

2010年には吉田日出子さんの
ライフワークともいえる
代表作の舞台「上海バンスキング」
で復帰。

メディアに載っていた記事を見ると
けいこ場ではせりふや歌詞を忘れる
こともあったそうですが共演者が
フォロー。

本番も吉田日出子さんふんする
まどかの分身役を設定。

いわゆるプロンプターとして主演の
吉田日出子さんを補助しました。

 

吉田日出子さんはインタビューで
高次脳機能障害であることを
「ずっと隠しておこうと思った」と
そうですが。

障害と付き合う中で
「恥ずかしいことではない。
障害や認知症を恐れているばかりでは
つまらない」と考え方が変わったとのこと。

 

吉田日出子さんは人前に立って大活躍
してきた方ですし。

高次脳機能障害がわかったときは
本当にショックだったでしょうが。

なんとか障害が改善に向かって
ほしいです。

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吉田日出子の現在は?

吉田日出子さんは2014年に著書
「私の記憶が消えないうちに」
を出版した後。

話題になった出演情報も
ありませんし。

近況が気になるところです。

 

現在も障害と戦っているという
ことなのでしょうか。

舞台もプロンプターが必要だった
ようですし。

やはり、セリフなどには不安があるの
でしょうか。


出典

2022年には78歳の誕生日を迎えた
吉田日出子さん。

 

演技界にとって貴重な存在であり
続けてきた方ですし。

また、元気なお姿が見られることを
望まずにはいられません。

さいごに

ものまねタレントの清水ミチコさんは
吉田日出子さんのものまねもレパートリー
としていますが。

以前、清水ミチコさんがブログに
記していたのを読むと。

テレビ番組で共演した際にロケで
小型飛行機に乗って一緒に新潟から
佐渡へ渡る際。

小型飛行機で低空飛行でゆっくり
海を渡ると聞いた清水ミチコさんは
怖くなり。

撮影カメラに向かって
「ここで死ぬかも知れないから最後の
メッセージを二人で言う」ということに
したのだそうですが。

収録が終わった後吉田日出子さんは
清水ミチコさんに
「私ねーえ、ホントーにいつ、
死んでも、いいのよねー」と
おっとりとした口調で言ってきたの
だとかで。

 

なんか、吉田日出子さんは本当に
人生経験が豊富そうですし、いろいろと
達観してそうな印象がありますよね。

 

障害のことを公表するのも勇気がいること
だと思いますがそれも吉田日出子さんの
内面の強さからなのでしょうか。

ぜひともまた表舞台に出てきていただき
たいです。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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